1 科学の「知恵」を増進させる科技館の重要性
1-1 科学の知恵の重要性  -観察力、仮設構築力、実験(挑戦)、科学的説明力-
現在のほとんどの科技館は、「体験」を通して、様々な科学技術の知識を学ぶ場所となっている。物理・化学・宇宙・環境・生命・人体など、科学分野の知識を学習することが主目的である。しかし、科学にはもうひとつの側面がある。
図1
    どのようにして科学的に考えるのか? 
    科学発見はどうすればできるのか? 
    科学の知識をどのようにして生活や社会の中で活用するのか?

これらは、科学の知恵というべき能力である。「知識」が科学探求・研究の「結果」だとすれば、「知恵」は、科学の方法であり、科学の思考・実験プロセスである。このような側面を展示としてあつかう科技館はほとんど存在しない。科学は、知識という結果だけでなく、どのようにして科学的方法を使い、どのようにして考え、失敗と成功をしながら、何度も実験挑戦し、科学発見に至るか。これら知識と知恵のふたつの側面が重要である。

1-2 動手(HANDS-ON)の限界
HANDS-ONという言葉は今では中国においても広く知られている。科技館においては、「体験」することはもちろん重要です。しかし、最近、「体験しても、何も科学を学んでいない」という問題をよく聞くようになった。これは欧米や日本の科技館が長年かかえている重要な問題でもあります。多くの科技館では、「体験」からどのようにして「学習」「理解」に導くかが大きな課題となっている。すなわち、「動手」だけで終わるのではなく、「動脳」が起らなければ、遊園地での楽しい体験と同じで、科学の学習効果は大きくないわけです。
20141015-122152.png

2 現代社会を生きるために必要な、科学の知恵を獲得する
2-1 科学は学問的探求のみでなく、現代社会に必要な知識、知恵である
科学は本来は、学問研究であり、未知分野の探求・発見が目的であるが、一般の市民には、関係がないと思われている。しかし、多くの科学技術は、現在の高度な情報社会を支えており、現代の社会や人々の生活と密接に結びついている。実は、市民にとっても科学技術は不可欠な要素であり、コンピュータやインターネットをはじめとして、社会において、科学技術を活用するための知識・知恵は現代人にとって、大変重要である。学校は、科学技術について学問的な観点から教育はするが、社会・生活とのかかわりからは教えてはくれない。科学技術を生活のなかでいかにうまく活用するか? 新技術の実現によって、社会や生活はどのように変化するのか? このような問いに答え、科学技術と社会・生活とのかかわりを学ぶ場所が科技館の大きな使命でもある。

2-2 基礎科学・応用科学、そして新たな第三の科学
 これまで科技館展示においては、力学・音・光・電磁気などの「基礎科学」とその発展形として技術視点からの「応用科学」という2つの展示が構成されてきた。しかし最近、医療分野などからはじまり、科学技術をプラス面、マイナス面(リスク)の両面を評価し、社会的価値・意義という視点から考える「評価科学」(Regulatory Science)という概念が登場した。科学技術は、人々の夢を実現するという「楽観論的科学」観ではなく、科学技術には、まだ未知の部分も多く存在し、プラス面、マイナス面があり、新技術の導入に際しては、科学的視点だけでなく、社会・経済・生活などの多角的な視点から、評価をする必要があるということである。

2-3 PUSからPESへ 科学活用力Science Literacyが必要
このような社会的ニーズの中で、かつて、PUS(Public Understanding of Science)という概念が欧米で提唱され、科技館は市民の科学理解の増進が使命であるとされた。しかし近年では、欧米でBSE(狂牛病)問題、昨年の日本の3.11大地震などを契機に、単に科学的知識を一方的に市民に伝達普及させるだけでは不十分であり、考え方が大きく変化した。PUS思想からPES Public Engagement of Science への転換である。科学知識理解から、「科学活用力」Science Literacy の啓発増進である。科学技術に対して、ただ知識があるというだけでなく、その科学技術を適切に判断し、社会の中で活用できる能力を増進させることが重要であると考えられるようになってきた。
   ■非科学的な事項に惑わされない
    ■正しい情報にもとづき、科学的に思考し判断する能力を培養する
    ■未来の夢の実現のために、科学技術の知識・知恵を役立てる


2-4 科学技術の「倫理」を育む
科学技術は本来は、社会や生活をよりよいものにし、幸福を達成させるものである。しかし、実際には、科学技術は、利益の追求や戦争の道具となることがある。また、現在では、過度の資源消費が環境破壊につながることや、遺伝子操作技術などの開発により、生命科学においては、生命の尊厳問題も発生している。「科学技術・社会・倫理」について、考えなければならない時代である。科学探求の目的は何なのか? 地球環境や生物多様性の保全と人類の社会発展をどのようにバランスをとって、持続するのか? 現代は、世界規模・地球規模で未来を考えなければならない時代である。
    ■「幸福とは何か?を考える展示」
     ・物質的欲求は無限。しかし、地球は有限。
     ・ひとりでいる自由。みんなで分ける喜び。
     ・競争すること。助けあうこと。


3 科学発見の喜び、科学的思考、創造力を育む「科学体験」
上記のように、現在の科学技術は、科学という学問的視点だけでなく、社会生活視点からあつかうことが不可欠で、科技館の使命は、市民の科学技術の「知恵」の啓発増進であると言ってもいい。では、どのようにして「科学の知恵」を学ぶのか?

3-1 科学の先人たちの足跡から科学発見の喜び・方法を学ぶ
   -科学発見の試行と思考のプロセスを「追体験」-
科学の知恵を学ぶうえで、科学史は大変有益である。科学の偉大な先人たちは、どのようにして考え、実験し、仮設を立て、科学の発見を成しえたのか?ガリレオ・ニュートン・アインシュタインなどが行った思考や実験を「追体験」することで、科学の知恵を学び、また科学発見の喜びや楽しさを実感することができる。

    ■ガリレオ、ニュートン、アインシュタインにつながる「運動力学探求の旅」
    ■ニュートン、アインシュタイン、ボーアにつながる「物質の究極をさぐる旅」
図3図4
残念ながら、中国の多くの科技館では、このような内容を科学史(歴史)としてあつかい、単なる映像紹介や実験器具模型の再現しかおこなわれていないことが多い。科学発見に至る実験や思考の過程を体験し、時代を越えて科学の疑問が科学者から科学者へと伝達され、長い時間をかけて、複数の科学者の研究のつながっていく。その結果、偉大な発見がなされるまでの科学プロセスを、来館者が順にたどりながら、科学発見の「追体験」ができる展示が望ましい。
   ■科学の未解決部分の認識
   ■新たな仮説の構築
   ■仮説を確かめる実験
   ■数多くの実験挑戦の後に、新発見を成し遂げる

3-2 科学発見・技術革新を生み出す創発の知恵を育む「創発の科学」
   「知識科学」の発想・視点   
科学の先人たちの知恵を学ぶだけでなく、現実生活の中で、科学の想像力・創造力を増幅させる工夫(体験)も知恵を増進させる科技館には、必要である。 
   ■発見する力を増幅する
     日常のなかで不思議・違いを探す観察力・注意力・好奇心
   ■発明する力を増幅する 
     夢やアイデアを考える、形にする、みんなで議論する、実験する

20世紀以降は、科学発見・技術開発等は、個人ではなく、研究チーム・企業が単位となる組織的な研究開発プロジェクトが中心となる。このような状況では、下記のような事項が重要となる。
   ■問題発見・解決の過程・方法、情報の共有が重要な要素
   ■「成功と失敗」の情報から学習する
   ■プロジェクト遂行能力、チームワーク(協同)の重要性を学ぶ

近年誕生した新しい学問で、「知識科学」という、企業・大学・組織などで行われる技術革新や知識創造などがどのようにして達成されるのかという点について、「知識創造理論」から研究する学問がある。このような視点から科学技術の創造をあつかい、科学発見・創造のプロセスを啓発増進させることも、科技館においては、新しい概念である。
    ■体験する、表現する、総合する、実行する  
「価値創造ミュージアムの提言」梅本・小野 論文 ISSN1343-4659
知識創造

3-3 水平思考能力(Lateral Thinking)を伸ばす展示体験
科学技術の知恵を活用し、創造力・発想力を増進させるうえで、「水平思考」能力は大変重要である。Howard Gardner(アメリカ、教育学者)は、「多重知能理論」(Multiple Intelligence)のなかで、人間には10の能力がある(言語、音楽、空間、身体など)と言っている。水平思考能力とは、それらを複合的に活用する能力であり、ある問題に対し、様々な角度・方法から検討する方法である。通常、科技館では、物理・数学などのある専門的な角度から考える展示が多い。しかし、一般社会においてはある問題解決においては、専門的な深い角度からの検討だけでなく、多角的な広い角度から検討し、解決方法をさぐる能力も重要である。以下、いくつか具体的な事例を示す。   
   ■フェルミ推定問題 (数量の推定)
     実際に計算することが困難な量を少ない手がかりをもとに論理的に推定し、概算を出す方法。現実社会において、大変役立つ手法である。
     例:シカゴには何人のピアノ調律師がいるか?
フェルミ

   ■ケビン・ベーコン問題  「小野直紀の友人の友人の友人の友人は、日本の首相である」
     これはフェルミ問題と類似の問題で、論理的数学的に考えていく。アメリカの映画俳優にちなみ、このような名前がついている。

   ■カレーライス問題 (プロジェクト遂行能力)
     今日の6時から友人5人を呼んで、Home Partyを開催する。いかに効率よく時間以内に料理をつくって、準備を行うか。。。。

   ■動かないPCの故障の原因をさがす
     電源が入っているか? ケーブルはつながっているか? マウスは動くか?。。。。。など、故障個所を論理的に考えて、問題点をさがす。

3-4 現代社会のための基礎科学
多くの科技館には、「基礎科学コーナー」があり、運動力学・音楽・光。・電磁気などの科学展示がまとめて展示されている。しかし、それは科学の学問的視点からの発想である。「社会と科学技術」の関連性を重視するならば、基礎科学展示をまとめて展示するのではなく、他の分野(自動車、宇宙、生命人体など)の中で、基礎科学、応用科学技術、社会とのかかわりを関連付けて展示すべきである。
    例: 
       宇宙    「慣性の法則」 ⇒ 人工衛星はなぜ地球に落ちないのか?
       飛行機  「ベルヌーイ法則」 ⇒ 浮力の原理 ⇒ 飛行機の翼

 さらに、「基礎科学」と言えば、上記のように、運動力学・音楽・光。・電磁気などであるが、それは物理・化学・天文などを学ぶ学問的な意味での基礎科学という意味である。現代社会とのかかわりでいえば、基礎科学の概念も多少違うのではないだろうか? 「現代社会で生きていくうえで重要な基礎科学」という視点を設定するならば、違った内容も考えることができるであろう。
    ■デジタルとアナログ
      現代の情報通信技術(インターネット、デジカメ、携帯など)は、すべてデジタル技術が基本となっている。デジタルの基本を知ることは大変需要である。
    ■科学と非科学
      「占い」「迷信」「疑似科学」など

3-5 科学の好奇心・探求心を広げる「科学の知的好奇心の旅」  
現代の科学技術の世界は、様々な分野との融合や境界領域で、新しい発見や開発がされている。従来の科学分野に限定した内容だけでなく、学際的な内容も多くいれることで来館者の興味はさらに増していく。
    ■「宇宙と生命」、「生命とロボット、人工生命」「宇宙と環境技術」  
    ■「自然のなかの形と数学」

科学興味のネットワーク


4 体験・学習を融合した DISCOVERY ROOM の提案
 来館者の「科学の知恵」を効果的に増幅させるには、「展示」だけでなく、「実験室」「図書室」など、科技館の諸機能を有機的に連携させる必要がある。欧米の自然系博物館などによくあるDiscovery Roomが有効であると考える。
これは、展示・体験・情報などの諸機能が一か所に集まり、来館者が時間をかけて、体験学習できる機能です。展示体験で興味をもった内容をさらに深めるために、調査・実験・学習などが来館者の要求に合わせて、時間をかけて学習することができる機能です。 
   ・体験展示
   ・実験・工作機能
   ・図書情報機能 
   ・インストラクターがアドバイス

  ■機械式時計を分解・組立
  ■電気製品の分解
ディスカバリールーム


5 結 論  「動手」から「動脳」、そして、「感(心)動」へ 「三動概念」
これまで、科学技術を社会・生活とのかかわりのなかであつかう新しい視点の重要性や、、科学的能力の増進が大切であると述べてきた。これからの科技館は、単に科学的な知識を学習する場所ではなく、現実との社会や生活と密接に関係し、市民の生活に役立つ、科学の学習・創造・情報・交流センターでなければならない。
最後に、冒頭でHANDS-ON展示の限界と言ったが、魅力あるHANDS-ON展示はもちろん、科技館の基本である。大人からこどもまで、興味をもって楽しく体験し、体験効果・学習効果を上げる展示項目が科技館の生命となる。
科技館においては、対象となる来館者の特性を考慮し、下記に示したように、(年齢・学習レベルなど)、展示目的と機能を明確にしたうえで、体験を通して、来館者に、いわば「化学反応」を引き起こすことが重要である。体を動かし、頭を動かし、そして心が動き、科学が好きになる展示の実現が最大の目標である。

展示の目的(科学能力の増進):
   ■「注意力、観察」力を増進させる展示
   ■なぜこうなったのか?を考える「仮設構築」力を増進させる展示
   ■その仮説の正誤を確かめる「実験」できる展示

展示の機能(楽しく、効果的な展示):
    ■展示項目の透明化
       展示装置の機構をなるべく見えるようにする。どのような過程・構造で動くのかをわかりやすく見せる。
    ■一人で体験よりは、複数で体験(競争、協同、共有)
    ■簡単に達成できない体験(成功したときに喜びが大きい)
       工夫することで、だんだんうまくできるようになる体験。何度でも体験したくなる。
    ■体験した結果が残る(記憶される、記念になる)
    ■挑戦するたびに、変化がある体験(何度も挑戦したくなる)
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。